合氣道画家エッキー
短いカンボジア滞在ではありましたが、人間も含めていろいろな境遇で生きてる生き物にも出会いました。
明るい漁村(トンレサップ湖の水上生活者)
ツアー最終日の午前中の予定は空欄でした。ガイドが提案します、水上生活の人々を見てみませんか?全員が賛成して、25ドルの突然のオプショナルツアーが当然の予定に成り代わりました。いつか某新聞で西原理恵子さんの漫画にでてきたよころだよなあ、と嬉しくなります。そしてまことに深い感動と印象をもたらしてくれたのでした。おもしろかったですよ。人々がいきいきと生きています。エネルギーが渦巻いています。現代日本人のどれほどが、この環境の中で生き抜けるだろうか、とも思ったり、ここに生まれてりゃここでめいっぱい生きるし、日本に生まれたので、観光客としてここに来ることにもなった・・・?。(なんだか支離滅裂)
ホテルのあるシェムリアップの中心地からバスで30分あまり。途中で、田園が広がり、水牛が田を耕している。高床はさらに高くなって、雨期にはかなりの水深になることが予想される。
水牛
水牛も、象に次いで好きな動物です。こちらの水牛もよく働いています。農耕です。日本でも、私の小さい頃、牛が田を耕していました。なんだかなつかしいし、嬉しいです。
船着き場で観光船に乗る。水は茶色。琵琶湖の7倍もあるという。少年が竿で舟をおし出す。さっそく別の観光船に接触する。これも楽しい。
やがて舟は、河口のようなところへ出る。あたりにマングローブや、沖縄のヒルギのような植物の群落の間を抜けていく。まるで水路のよう。青紫のほてい草の花も見える。屋根の上に立つと風が気持ちいい。360度の視界です。遠くはまるで海のよう。そしてついに水上生活の人々の住居(舟)がひしめく通り(水路)へ来ました。
ほんとに、通りに面して、という感じで、家(舟)が並んでいます。これはまことに興味深い。学校や教会の舟もあります。ドラム缶を満載した舟はガソリンスタンド船でした。調理のための薪もたっぷり積んであります。犬を飼うことも可能です。(笑)(写真)犬小屋、いやいや犬舟です。
野菜やくだものを満載した八百屋船もやってきます。
湖の人々は漁で暮らしをたてています。養殖が盛んです。どうやって?
この写真のように、右側の舟の内側はいけすになっていて、捕ってきた大きな魚が飼ってあります。左側の網の中には、すぐそこで捕ってきた小魚がはねています。その小魚をいけすの中へ落として、大きな魚をさらに大きく育てます。
魚
これはシェムリアップのオールドマーケットでスケッチしたものです。頭が巨大な全長40~50センチはあろうかという。うなぎの仲間のようでした。また、なまずも、黒々とした体で、プラスチックのトロ箱の底でぎょろぎょろうごめいていました。
へらぶなのような魚もいました。オールドマーケットには、なんでもあります。
ついでに言いますが、にわとりやあひるのようなチキン類も、きちんと鳥肌になって(羽をむしられて)並んでいます。(もちろん死んでいます。)首のないものやあるものなど。
ぶた
トンレサップ湖の舟の上で、ぶたが飼育されていました。豚さん用の檻つきの舟に。黒いのと白いの、いました。水上で暮らしているぶたでした。
ワニ
トンレサップ湖見物の途上で、水上みやげもの船に乗り移りました。まずそこで見たのは、いけすの中でじっとしているおびただしい数のワニ。年齢ごとに二つのいけす。ここの湖で捕まえられたものらしい。動物園にいるのとは全然ちがって、不気味。まだ野性のまんま。今にも襲い掛かってきそう。5才くらいで早くも3メートルもある。この茶色い水の中を・・・。人間も落ち着いて泳ぐというわけにはいかない。と思うけれども、さっき見たんですが、笑いながらどぶんと川遊びしていた現地の子供達。・・・。(汗)
と、まあ、ところ変われば、人も動物も生き方変わる。運命とはなんでしょう?水辺の王者ワニも、大きくなればなるほど高価なハンドバッグになる、それを欲しがる人間がいるからこそ。そしてやがてゆくゆくは絶滅?ちょっとそれはさびしいな。アンコールトムのレリーフのように、さまざまな生き物が地球の画面一杯生き生きと生き続けて欲しいな、と思う、それも実感。
おみやげ
シルクや銀細工が有名です。アンコールワットの絵や、レリーフの拓本などもあります。
象をあしらったものが多いです。黄色い布製の筆袋を買いました。約200円で
象の模様の入った鮮やかなかわいい小袋を買いました。中はさらに椰子の葉のようなもので編んだ小物入れがはいっています。その中にはさらに、コーヒーとか胡椒などの小袋がひとつはいっています。ひとつ約100円です。これは、なかなかお得感があります。色ちがい、中身違いを、合計4つ買い求めました。
終わりに(今後いつかまた続くと思いますが)
スケッチがカメラ代わりとはいえ、カメラのように百分の一秒で仕上げることもできず、けれども目に映るものなんでも新鮮で、飽きることがありません。描いているときは、生きてる心地がします。最後にもう一度、アンコールワットの夜明け前のもう一枚のスケッチを掲げて(これから一日が始まるのだ)、今回の旅スケッチを締めくくることといたします。でもまたアンコール(もう一度)描きに行きたいね。To be conntinue. 最後まで読んでくれてありがとうございました。