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旅スケッチ

南フランス06

 二度目のフランス行きとなりました。前回はパックツアーへの参加でしたが、今回はさっそく南フランス中心の単独行です。セザンヌ没後100年を記念した行事(展覧会など)を見るためでもあります。実際に目にする大規模セザンヌ展としては、20世紀最大のセザンヌ展と言われた1998年のフィラデルフィア美術館展以来の展覧会です。フィラデルフィア美術館では、超ドラマチックな成り行きで入場券を手入れることができたんです。セザンヌとレオナルド・ダ・ヴィンチこそ吾が師と思い込んでる私のこと、今回は、セザンヌ生誕の地、エクスアンプロヴァンスでの開催とあっては、見のがすわけにはまいりません。フランス旅行専門店で、宿や乗り物の大まかなチケットを手配してもらいました。また、なにとしても、実際に描いた風景のなかに立ってみたい。ともあれ、ありがとうセザンヌ。感謝です。

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南フランス
カシスの港を見下ろす
150メートルの絶景より。
​海は地中海

 ということで、4ヶ月前にあとにしたパリ、シャルル・ド・ゴール空港へ舞い戻ってきました。2006年8月29日です。見慣れた、とまではいきませんが、見覚えある景色です。かといってさほどなつかしい感じもありません。かなり鈍感になっているようです。また来てしまった、という感じです。さっそく空港に直結しているフランスご自慢の新幹線TGVに乗り込みます。日本のような改札口がないところが、やはり違和感あります。ホームに設置してある機械に自分でチケットを差し込んで、日付を刻印します。(これを忘れるとめんどうなことになるらしいです)今回乗ったのは日本の新幹線より車内はせまく、椅子も小さいです。折りたたみ式のテーブルを広げて、4人が向かい合う形式です。なんだか日本のローカル線の車内のようです。モーターの音はとても小さいですが、日本の新幹線よりかなりパワフルに走ります。さすが西欧の機械文明は強いです。椅子も人間工学にのっとった造りで、ちっとも疲れを感じません。やはりこのへん、すごいです。(それに比べ、アジアの某人口大国の空港の椅子は、形はモダンだったけど、ちっとも楽じゃなかった。)まずは一気にTGVエクスアンプロヴァンス駅へ。

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セザンヌがよく描き、一時住んでいた
ジャス・ド・ブッファン
​(塀の外から)

モーター音の静かな、さすがフランスの新幹線でした。TGVエクスアンプロヴァンス駅に着いたときには、もう日が暮れていました。しかし、夕焼けの残影がすばらしく、今までみたことのない鮮やかな深紅と、青黒く灰色の、濃密な空でした。セザンヌはこんな夕焼けを見ていたんだ、と、うれしくなりました。ここから、エクス市街までは、ちょっと離れているが、バスも出た後みたいだし、どう行ってよいかわからなかったので、タクシーに乗る。宿につく頃には、すっかりまっくらになりました。

ジャス・ド・ブッファンの館の前庭の置物
(鳥とライオンの合体した伝説上の動物のようだった)

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エクスでしばらく滞在する宿は、シタディンヌといって、簡易な台所の付いた、中長期滞在者向けのアパートみたいな宿。すでに9時をとっくに過ぎており、フロントは不在なのが、ガラス戸ごしに見える。問題は、そのガラス戸が開かない、ということ。これはちょっと、話がちがうぞ、そんなことは聞いていない。押せども引けども、扉は開かない。よく見ると、ドアのそばに、番号ボタンがある。これだな、と思って数字をいろいろ、何度も試してみるが、だめだった。このまま、ドアの外で野宿?今夜の宿泊費もすでに払っているのに?「おおい」と呼べども「こんばんは」と日本語で語りかけても、ドアが開く気配はない。(あるはずはない。)途方にくれかけた頃、一人の若者が外出から戻って来た。そして4けたの番号をなにやら打つ。すると、するっとドアが開いた。その若者にくっつくように、ジャポネのおっさんえっきーも、まんまと中に入れました。やれやれ、冷や汗かいたぜ・・・、とほっとしました。

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セザンヌもよく描いた
サントビクトワール山

めでたし、めでたし、と、いきたいところでしたが、それからがまた・・・。「午後9時以降はフロントがいませんので、御用の方は、以下の番号へ電話してください」などと、フランス語の下に、英語で書いてある。自分の部屋の寝床にたどりつくには、まず、電話をかけ、事情を説明し、相手の説明を聞き分け、自分の部屋の場所を知り、鍵を手にいれなくてはならんのです。これは困った。英語もフランス語も3歳児レベルなので、会話が成立する可能性はほとんどない。旅立ち前の予想では、「ボンジュール」と言ってクーポン券をみせて、「メルシー」と、言えば、すべて済むはず・・・こう思い込んでいたその安心が、音をたててくずれていった。予想が・・・。

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セザンヌがよく描いた
ガルダンヌの町なみ

電話機はみつかった。とにかく電話するしかない。コインをいれる穴があるので、適当に入れてみるが、意味がちがうのか、かからない。なにやらフランス語で指示らしきものが書いてあるけれど、わかるはずもない。正しく番号をプッシュしているのに、何度試してもだめだった。ここで、野宿か?一応建物の中なので、野宿とは言えないが、冷たいコンクリートが今夜の寝床か。そう観念しかけたとき、偶然、大学教授風の知性を感じさせる品のいい男性が通りかかったので、わらにもすがる思いで、身振りで電話の使い方がわからないと、伝える。さすがフランスの人。親切に電話をかけてくれました。ありがたかったです。代筆ならぬ代電話をしてくださいまして、数あるロッカーの小さな引き出しのひとつを、説明された暗証番号のとおりに操作して開けていただいて、その中に、ローマ字で私の名前を書いた紙とともに、部屋の鍵が入れてあるのを見たときは、おおかた感激の涙ものでした。フランス、ほんとにありがとうございました。ちなみにコインは何だったかというと、この場合は入れないでかけるもの、とのこと。チャリンと落ちてたコインを取って、私にわたしてくれた大学教授の男性の笑顔は忘れられない。さわやかで、すがすがしい笑顔でした。

セザンヌも美しい水彩画で描いた、
アルク川にかかるトロア・ソーテ橋

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翌日、改めてチェックインをする。「ボンジュール」と言って、クーポン券を見せて、「メルシー」で済む。やっぱりね。まずはセザンヌ展を見るために、バス停の場所を教えてもらう。着いたのが夜だったので、今朝は真っ青な青空だけど、西も東もわからない。昨夜のタクシーの回り込み方を思い出して、大通りらしき方へ出る。バス停がある。右回りも左回りもある。何番線のバスだか、ちょっとおぼつかない。たまたまバス待ちをしていた黒人の男性に尋ねる。ここでいい、と返事が返ってくる。バス賃の払い方もよくわからなかったので、ちょっと大きめの額のコインを見せてこれでいいかな、と尋ねると、これでいい、と返事が返ってくる。バス賃の払い方がわからないと言うと、僕のあとについて乗って、という感じ。運賃は前払い制でした。おつりをもらって空いた席に隣り合わせにすわる。やがて、ここで降りるといいよ、と彼が教えてくれる。「メルシー」といって、思わず握手する私。ほんとに助かった。アメリカでのセザンヌ展に幸運にも入場できたのも、黒人の男性のおかげだった。セザンヌ展ではなぜかしら黒人に助けられる。ほんとうにありがたかった。フランス国内では、移民の外人には風当たりが強いときく。今日の彼にも、幸運あれと、心底祈りました。

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セザンヌ展の会場となったグラネ美術館

なかなか手に入らないセザンヌチケットだった。私は、出発前になんとか二日分を入手。会場のグラネ美術館の周辺は、当日券を求める長蛇の列。すごいことになっている。チケットは、日時(午前入場か午後入場かなど)厳密な指定がされてある。混乱と混雑を避けるためでもあるし、来場の絵画ファンへの気配りもある。前もってチケットを入手していなければ、どうなっていたことか・・・。私はじっくりと見、じんわりと味わえました。そして、なんと・・・さらに。南仏を離れる前日に、会場近くで、上のスケッチをしていたら、フランス人の男性が、声をかけてきた。「良かったら、セザンヌ展のチケットをもらってくれないか、一枚余っているから。」というではありませんか。しかもさらに入手が困難な当館学芸員のイヤホンガイドつきチケットだ。何度でも見たい私。「おいくらですか?」「いやいやあなたにさしあげる。」と彼。「おーーーめるしーーー」。かくて、三度目の入場を果たしました。何かが天に通じている。もし、あそこでスケッチをしていなかったら、彼の目に止まらなかっただろう。そう思うと、制作することの威力、すさまじい。神のご加護、セザンヌのご加護です。ありがとうセザンヌ、感謝です。(女性学芸員のイヤホンガイドの言語はフランス語だったけど、説明のたびに、グループはしばらく絵の前で止まるので、堂々と絵のそばに立っていることができるのが、最大のメリットでしたよ。声をかけていただいて、一緒に見てまわったフランスの方、ありがとうございました。

 

 

 エクス・アン・プロヴァンスはセザンヌの故郷だから、彼が描いた風景や場所がたくさんある。可能な限り歩いて、セザンヌが立ったと同じ場所に立ちたかった。すでに百年以上の月日が流れているので、新しい建物で見通しが遮られたり、いくつかの場所は趣きが変わっているところもあったが、おおむね満足できた。セザンヌが少年時代にゾラらとともに泳いで遊んだアルク川は、水が汚れて濁っていたのは悲しかった。でも今も、当時と同じ石のアーチ橋がかかっており、うれしかった。セザンヌが描いたと同じ位置から描いたはず、と思っても、帰国してもう一度画集をよく見てみると、セザンヌが描いたのは橋の向こう側からだったりして、ちょっとがっくりすることもあったけど、いろいろ位置関係が把握できたのは良かった。(セザンヌと同じ場所に立つことは現在においてはは困難なものが、いくつかあった。)

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カシスの港
 

私の友人に、合気道をしながら日本に長年住んでいるクリストフさんというフランス人がいます。、南仏滞在中は、マルセイユに住んでいる彼の弟、オリヴィエさんに、随分とお世話になりました。昔の日本人のような謙虚さと静けさをそなえた方で、メトロポリタンな南仏きっての大都会マルセイユや、セザンヌも絵に描いたレスタック、保養地としてもすばらしい小さな港町、カシスなどを案内していただきました。彼のおかげで、マルセイユ名物のブイヤベース、カシスのレストランでのあひる料理など、味わうことができました。どれも、さすが本場のしっかりした味付けでしたね。

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マルセイユの港
 

クリストフとオリヴィエ兄弟の、ふるさとは地中海に浮かぶコルシカ島だそうです。そういうわけだからというわけでもないだろうけれど、オリヴィエさんは、コルシカ島出身のあの歴史的人物、ナポレオンになんだか似ておられます。カシスの港でのレストランで、料理が出てくる前の時間を利用して描いてみました。本当にいろいろ連れて行ってくれて、ありがとう。

オリヴィエさんの肖像
 

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